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コミック史に残る最高傑作の一つ!
『ヴィジョン』全2巻
アメコミのシナリオを担当する「ライター」の中で、近年最も注目されている人物と言えば、本作『ヴィジョン』のライターであるトム・キングを挙げるファンも多いでしょう。
トム・キングは、名門コロンビア大学で哲学と歴史を修めた後、2001年のアメリカ同時多発テロをきっかけにCIAに入り、7年間にわたってテロ対策センターに勤務。その後、2012年に小説家としてデビューし、2013年からDCコミックスにてライターの仕事に就くという異色の経歴の持ち主です。特殊な現場での経験に裏打ちされたかのように、彼が書く物語に登場する犯罪やその心理には、どこか地に足のついたリアリティを感じます。ラストシーンまでをきちんと見据えて丁寧に構築された骨太のストーリー、一つ一つのシーンを描くための背景設定なども含めて、連載の担当期間をただのエピソードではなく、一つの作品として昇華させる高いストーリーテリングの手腕が評価され、DCコミックスでは看板作品『バットマン』のメインライターにも就任しました。
「人間らしい」アンドロイド、ヴィジョン
現在、まさにアメコミ界のトップライターの一人であるトム・キングが、初めて手掛けたマーベルコミックスの作品が、2016年に全12話のミニシリーズとして発表された本作『ヴィジョン』なのです。
ヴィジョンは、1968年にコミックスデビューを飾った、マーベルの古参キャラクターの一人。当初は悪のアンドロイド、ウルトロンがアベンジャーズを抹殺するために生み出した合成人間=シンセゾイドとして登場しました。邪心の無い存在として造られたヴィジョンは、アベンジャーズの説得を受けて正義の側に回ることを決意し、創造主であるウルトロン打倒に協力。その後、アベンジャーズに正式メンバーとして加入します。シンセゾイドであるため、感情を露にすることなく、常に冷静沈着な状況分析を行うキャラクターとして描かれることが多いヴィジョンですが、内面においてはしっかりと感情を持っています。既刊『アベンジャーズ:クリー/スクラル・ウォー』でも描かれた、スカーレット・ウィッチとのアンドロイドと人間という種族を超えた大恋愛の末、結婚にまでこぎつけるなど、彼の「人間らしい」エピソードは枚挙に暇がありません。他の派手なメンバーに比べれば控え目な立ち位置ながら、スカーレット・ウィッチとのコンビも定着し、アベンジャーズには欠かせないメンバーの一人として成長してきました。
自らの手で造った「家族」との新生活は……
そんなヴィジョンですが、ある日全ての記憶がランダムに再生されるという現象が起きるようになってしまいます。自分のメモリー内にある感情を含む記憶が制御システムに過負荷をかけていると判断したヴィジョンは、メモリーの中から感情のみを消去。その結果、記憶のランダムな再生は止まったものの、感情の起伏が完全に失われてしまったのでした。
本作のストーリーは、感情記憶が消えたため、すっかり人間味を失ってしまったヴィジョンが新たな行動を開始するところから始まります。その行動とは、普通の人々のように「家族」を持ち、共に暮らすことでした。
ホワイトハウス付きのアベンジャーとなり、ニューヨークからワシントンDCへ転任したヴィジョンは、ワシントンDCで働く多くの人々同様、郊外の一軒家を手に入れ、そこから「通勤」する生活を始めます。家で彼を待つのは自らが造りだした「妻」のヴァージニア、「双子の子供達」ヴィヴとヴィン。専業主婦の妻が家事を取り持ち、子供達は地域の高校に通う、「普通」の「人間らしい」生活。しかし、予想もしなかったある事件をきっかけに、この日常が崩れ始め、やがて大きな悲劇が幕を開けることに……。
「普通」とは一体何なのか
物語の冒頭に挿入される隣家の夫婦が訪問してくるエピソードの時点で、ヴィジョンが人間性を取り戻すために造りだしたというこの家族に強い違和を感じるはずです。
昔のコメディドラマに出てくるような「古き良きアメリカの一般家庭」を模した、理想を絵に描いたような家族。書き割りのセットでの中で演じられるホームコメディの日常が不自然であるように、ヴィジョンの家族のふるまいも、自然なものには見えません。
フレンドリーな雰囲気で隣家の夫婦を出迎えながらも、実際何を考えているのかはわからない不気味な雰囲気。シンセゾイドの彼らが口にするわけもないクッキーも笑顔で受け取りますが、ヴァージニアはすぐにそれをゴミ箱に捨ててしまいます。
彼らは一貫して、少なくとも対外的には「普通」の「人間らしい」家族であり続けようとします。それが、この家族に与えられた第一の使命であり、存在意義だからです。そしてそれを維持しようとするからこそ、次第に日常が常軌を逸し狂っていくという展開が彼らを待ち受けています。
ヴィジョン一家は「普通」を目指し生きていますが、それは私達人間の暮らしと一体どう違うのかと言われれば、その境界を見定めるのは非常に難しいと言わざるを得ないでしょう。人間らしさとは一体何なのか、私達と「トースター」の差は何なのか。彼らの行動の核にある、確かな家族愛に触れるほどに、それはわからなくなります。
形を変えた「不気味な隣人もの」とも言えるSFホラーに近い形式で始まり、その後の読者の予想を遙かに超える展開と、マーベルのスーパーヒーローが主役ながらも、一篇の素晴らしいサイコロジカルホラーとして完成した本作は、アメリカ本国でも大きな驚きを持って迎えられました。
アメリカで最も権威のある漫画賞である「アイズナー賞」を受賞したことからも、そのクオリティと評価の高さを伺い知ることができるでしょう。
現在、マーベル・シネマティック・ユニバースから派生するドラマシリーズとして制作が進んでいる、スカーレット・ウィッチことワンダ・マキシモフとヴィジョンが主役を務めるドラマシリーズ『ワンダヴィジョン』に関しても、発表されたイメージビジュアルは、本作を彷彿とさせるビジュアルとなっており、制作陣も本作の影響を受けた内容となっていることを仄めかしています。
ドラマシリーズの予習として、そして何よりもアメコミ史に残る傑作として、その衝撃的な物語をぜひ堪能してください。
ヴィジョン 1(2020.1.30発売)

[ライター] トム・キング
[アーティスト] ガブリエル・ヘルナンデス・ウォルタ
[訳者] 石川裕人 今井亮一
[レーベル] MARVEL
本体2,300円+税/B5/136P
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ヴィジョン 2(2020.2.28発売)

[ライター] トム・キング
[アーティスト] ガブリエル・ヘルナンデス・ウォルタ
[訳者] 石川裕人 今井亮一
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