2017.12.13
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超カワイイラッキーガール、グウェンプールのポップでメタな青春ストーリー!!

『グウェンプール:こっちの世界にオジャマしま~す』

今回は新世代マーベルヒロインコミックシリーズ第2弾『グウェンプール:こっちの世界にオジャマしま~す』を紹介します。

グウェンプール:こっちの世界にオジャマしま~す(2017.10.27発売)

[ライター] クリス・ヘイスティング
[アーティスト] グリヒル ダニーロ・ベイルース
[訳者] 御代しおり
[レーベル] MARVEL
本体2,400円+税/B5/152P
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それは一枚のイラストから始まった!

 シリーズ第1弾となった、マーベル初のムスリム系スーパーヒロイン『Ms.マーベル:もうフツーじゃないの』の主人公であるカマラ・カーンは、現代の若い読者たちが感情移入できる等身大のヒーロー、まさに「現代のピーター・パーカー」なキャラクターです。マーベルコミックスの作家や編集者が自分たちの体験などを踏まえ、丁寧に設定を作り込んだ上で、新しい試みを行った『Ms.マーベル』は、各界から高い支持を受けることになりました。しかし、数ある作品の中にはそうした作り手の思惑とは全く関係のないところから火がついて、突然大人気になってしまう“超ラッキー!”なキャラクターが生まれることもあります。そんなラッキーガールこそが、今回紹介するグウェンプールなのです。

 その誕生のきっかけとなったのは、多元宇宙のスパイダーマンが一堂に会して、強大な敵と戦う大型クロスオーバー『スパイダーバース』です。このクロスオーバーで初登場した多種多様なスパイダーマンのうちの一人が、ピーター・パーカーではなくその恋人のグウェン・ステイシーがクモの能力を得たアース-65のヒロイン、スパイダーグウェンでした。好評を受け『スパイダーグウェン』は単独誌を獲得、オンゴーイング・シリーズとしてスタートすることになります。その記念キャンペーンとして行われたのが「グウェン・バリアント」企画で、グウェン・ステイシーがマーベル各誌の主人公に扮したバリアントカバーが発売されました。その中の一つが、デッドプールが主人公のミニシリーズ、クリス・バチャロがカバーアートを担当した『デッドプールズ・シークレット・シークレット・ウォーズ』#2で、そこにはデッドプールの赤と黒のコスチュームを白とピンクに置き換えた、デッドプール版グウェンがプールに浮かんでいる姿が描かれていたのです。
 背景となる水面の鮮やかな水色に映えるアートは強いインパクトを残すものでしたが、ネタとしてはそれだけで終わるはずでした。ところが、この“カワイイ”デッドプールのコスチュームが大ウケ。コミックコンベンションなどで、このコスチュームのコスプレをするファンが多く現れることになります。この動きにマーベルコミックスの編集部は、この一枚絵だけの「彼女」を、新たなキャラクターとして創出することを決めたのです。
 そのような経緯で改めて誕生した「グウェンプール」は、2016年に新創刊された『ハワード・ザ・ダック』のサイドストーリーにて、コミックスデビューを果たすことになったのです。

「あなた達はコミックブックのキャラなのよ!」

 物語は、ハワード・ザ・ダックが開いている探偵事務所に、怪盗ブラックキャットが現れ、強引な依頼をするところから始まります。それは、ある組織と取引中のブラックキャットの前に突如現れ、彼女が手に入れるはずだった重要なモノが入っている箱と、その箱を強奪していった女性を捜索して欲しいというものでした。しかしハワードが捜索を始める間もなく、その犯人はブラックキャットがハワードに依頼しにくることを見通していたのか、ハワードの事務所の机の下から姿を現しました。「正体を知られたくないから捜さないで欲しい」とハワードを脅迫、あまつさえ銃を向けて殺そうとしてきた彼女こそ、グウェンプールだったのです。
 グウェンプールは「ヒーローたちがコミックスのキャラクターである世界」から次元を越えてやってきた女の子。ハワードが死んでも雑誌が休刊するだけ、としか考えていません。ブラックキャットから奪った箱の中に入っていたのは、人類を滅亡させられる殺人ウイルスでしたが、それもまた「アベンジャーズが何とかするはずだから大丈夫!」と、お金目当てにハイドラへ売りとばした後でした。しかしそれを聞いたハワードは、現在アベンジャーズは宇宙に行っているため「何とかする」ことはできないこと、そしてこの世界こそが自分にとっては他ならない現実であることを彼女に訴えます。世界を救うために一人(一羽?)でも行動しようとするハワードの決意を見たグウェンプールは、自分も協力することを申し出たのでした……。

「第四の壁」のコチラ側からアチラ側へ

 コスチューム同様、デッドプールを「元ネタ」としているグウェンプールは、そのキャラクター設定も特殊です。デッドプールの他のマーベルのヒーローと一線を画する能力と言えば、「自身がコミックス世界の住人であることを理解し、第四の壁を越えて読者に語りかける」というものですが、グウェンプールは「第四の壁を越えた側の人間」、つまり我々が住む世界の住人という設定を持っています。彼女は、どんな理由かは判らないのですが、コミックスの読者であるべき「こっち側」からコミックスの世界へと迷い込んでしまい、自分がコミックスの世界にいることを自覚して行動しているのです。
 グウェンプールは、超人的なパワーや技術を一切持たない、ごく平凡な人間なのですが、ヒーローやビランが跋扈する世界においては、彼らと対等に渡り合うことができる隠し玉を一つ持っていました。「こっち側」でマーベルコミックスのディープな読者であった彼女は、向こう側の世界では表向き知られていないヒーローやビランの情報や弱点を熟知しているのです。
また、「コミックスの世界では都合よくいろんなことが起こる」と知っていて、次の奇蹟的な展開を信じて行動しているため、生死に関わる危機的な状況もあっさりと切り抜けてしまいます。
 現実からマーベルコミックスの世界へやってきた女の子が、その予備知識を駆使して、マーベルユニバースというオープンワールドを生き抜くべく、ゲーム感覚で攻略していく。『グウェンプール』はデッドプールが持っているメタな視点を一捻りして、日本のラノベなどに見られる、主人公が現代の知識を生かして異なる世界で活躍する「異世界転生モノ」的なノリへと転換した作品とも言えるでしょう。

 ……こう書くと、「異世界から来たグウェンプールちゃんのトンデモ無双」的な作品としてだけ成立しているように感じてしまいますが、作品的な魅力はそこだけではありません。
 グウェンプールは、ヒーローやビランに関するメタ的な知識と、コミックス世界の都合良さを利用できる特権はあるものの、先に述べた通り、彼女自身は特殊能力を持っていません。そのため、本当に圧倒的なスーパーパワーや、残酷な精神の持ち主の前では、知識や度胸だけで切り抜けるのにも限界があります。また異世界からやってきた彼女は、マーベルユニバースでの社会保障番号や銀行口座を持っていない……という生活レベルでの大問題にもぶち当たってしまいます。
 つまり、『グウェンプール』というシリーズは、自分がちょっと特別な人間だと思って人生をナメていたら、実は現実は大変でした……という、思春期の少女の理想と現実を、アメコミのメタなネタと共に展開するという多重構造を持った作品なのです。
『Ms.マーベル』とはまったく異なったアプローチではありますが、ある意味等身大なヒーロー像が読者の共感を得て、キャラクターだけでなく作品自体の支持を得ることに繋がったと言えるでしょう。

とびきりカワイイアートに注目!

 そして、『グウェンプール』のもうひとつの魅力と言えば、日本人アーティスト、グリヒルによる、カワイクて馴染みやすいアートです。ハワード・ザ・ダックのサイドストーリーとしてスタートした際は、ブラジル出身のダニーロ・ベイルースがアートを担当していましたが、単独誌ではグリヒルがメイン部分を担当してのスタートに。破天荒でお調子者だけど、時にへこみ、時に可愛らしさを持つキャラクター性は、グリヒルの描くポップな絵柄とマッチし、彼女の魅力をより広げることに成功したと言っても過言ではありません。
 このようにグウェンプールは、ちょっとしたラッキーな成り行きから生まれたとは思えない、多様な魅力を備えたキャラクターとして完成し、まさに新世代ヒロインの名に恥じない存在となっていきました。内容もまた、外見の可愛さやメタネタの軽妙さなど、アメコミ初心者から長年のファンまで楽しめるものとなっています。
 可愛い姿がちょっとでも気になったのであれば、気軽に手に取ってもらってその魅力を堪能してみてはいかがでしょうか?

文・石井誠(ライター)

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