2018.11.15
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異才ジム・ステランコの革新的アートを堪能せよ!

『ニック・フューリー、エージェント・オブ・シールド』

マーベルコミックスの歴史的名作を邦訳出版する通販限定シリーズ「マーベル・マイルストーンズ」。今回はその第4弾となる『ニック・フューリー、エージェント・オブ・シールド』を紹介します。

ニック・フューリー、エージェント・オブ・シールド(2018.08.31発売)

 [ライター] ジム・ステランコ スタン・リー
 [アーティスト] ジム・ステランコ ジャック・カービー
 [訳者] 石川裕人 今井亮一
 [レーベル] MARVEL
 本体5,500円+税/B5/360P
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マーベル・シネマティック・ユニバースにおいて、名優サミュエル・L・ジャクソンが演じたことで知名度があがったニック・フューリー。ただ映画の劇中では特殊能力を持たない「普通の人間」であり、ヒーローたちのまとめ役という、一歩下がった立場で描かれていることから、映画から入ったファンの多くは、彼をヒーローとして認識していないかもしれません。
コミックを読んでいる人であっても、ニック・フューリーといえば、クロスオーバーイベントや他のヒーローの個人誌にゲスト出演した際の、シールドの組織力や情報力を使って、主人公たちのアシストに回っているイメージが強いかもしれません。
しかしマーベルコミックスの長い歴史から見ると、ニック・フューリーはれっきとしたヒーローの一人です。
本作『ニック・フューリー、エージェント・オブ・シールド』は、そんな彼のヒーローとしての面を堪能できる1冊になっています。

軍曹から諜報員への転身

ニック・フューリーというキャラクターは、1963年に『サージャント・フューリー&ヒズ・ハウリング・コマンドーズ』誌でデビューを飾ります。この作品は、第二次世界大戦を舞台に、フューリー軍曹が率いるハウリング・コマンドーズの戦いを描く、ミリタリーコミック的なシリーズです。その一方で、同年12月の『ファンタスティック・フォー』#21にはCIAのエージェントとして登場、過去と現在で活躍する存在として描かれていきました。
そして1965年『ストレンジテールズ』#135で始まった新シリーズにおいて、フューリーはCIAのエージェントから国際諜報組織シールドの長官となり、秘密結社ハイドラと戦うスーパースパイとして活躍を始めます(ちなみにこの当時の『ストレンジテールズ』は、『ドクター・ストレンジ』と『ニック・フューリー、エージェント・オブ・シールド』の二本立てとなっていました)。この『エージェント・オブ~』は、当時大流行していた『007』シリーズを始めとしたスパイ映画の要素を取り入れ、「諜報組織のエージェントが、特殊な道具を駆使して悪の組織と戦う」というスパイアクションのシリーズとなりました。

本作『ニック・フューリー、エージェント・オブ・シールド』は、伝説的なアーティスト兼ライターのジム・ステランコが手掛けた、1966年12月発行の『ストレンジテールズ』#151から#168、そして独立誌となった『ニック・フューリー、エージェント・オブ・シールド』の#1-3、5の4話分を収録した内容となっています(収録されていない#4は『ストレンジテールズ』#135で描かれたフューリーのオリジンを焼き直したもので、ライターはロイ・トーマス、アーティストはフランク・スプリンガー)。

単純なスパイアクションに留まらない物語

フューリー達の活躍によって、ハイドラのスパイ活動が潰えた後を舞台に、「彼ら」と呼ばれる謎の集団の暗躍、そしてハイドラ再建の兆しが見えてきたところから物語は始まります。
地球上の全ての核弾頭を起爆させることができる音波兵器「オーバーキル・ホーン」の存在を調査していたフューリーは、南米の名士ドン・キャバレロを探っていたシールド隊員が姿を消したことと関連があると直感し、南米の古代遺跡へと向かいます。そこでは、ドン・キャバレロという仮の姿をまとった謎の人物、スプリーム・ハイドラが、ハイドラの兵士を率いていたのでした。
スプリーム・ハイドラの罠にかかり捕らえられてしまったフューリーは、オーバーキル・ホーンの開発が最終段階にあることを知ります。隙を突いて輸送機を奪い脱出を図りますが、それこそがハイドラの罠でした。自分が乗っている機体にオーバーキル・ホーンが搭載されていることに気づいたフューリーは、シールドの基地に連絡を取ろうとするものの、無線は壊されていて……。

『ストレンジテールズ』前半はこのオーバーキル・ホーンを巡る戦いから始まり、スプリーム・ハイドラ率いるハイドラと、フューリー率いるシールドの対決を描いたスパイアクションがメインとなっています。後半では、最先端科学を駆使して世界制服をたくらむ秘密結社A.I.M.の兵器を利用しようとするイエロークローが登場し、SF色の強い展開となります。
単独シリーズ『ニック・フューリー、エージェント・オブ・シールド』では、怪奇小説風、サイコサスペンス風、ハードボイルド風などスパイアクションの枠を大きく越えたバラエティ豊かな物語が展開されていきます。
スプリーム・ハイドラ編の途中から、アーティストのジム・ステランコがライターも兼任するようになったため、次第にストーリーが大人向けになっていった様子が見てとれます。

本書の見所となるのがスパイ兵器の数々です。防弾・防火性能を持ち、ボタンを飲み込むと酸素を発生させるスーツ、高圧電流を発生するカフス、防御シールドを発生させるリパルサー時計、緊急時に使用できる科学物質が入ったパイプ、空中を自在に移動できる小型ジェットパックやウイングスーツ。こうしたガジェットを駆使し、特殊能力を持たないフューリーがスパイアクションを展開していきます。

今見ても新しい!ステランコの実験的アートの数々!

ですが、本書最大の魅力は何と言っても、本作でインカーとしてデビューを飾り、間もなくアート全般及び脚本も担当することになったジム・ステランコの卓越した表現の数々が味わえるということです。
当初はジャック・カービー風の、コミックの基本に忠実な作画スタイルだったジム・ステランコですが、連載を続ける中でダリを始めとしたモダンアートやポップアート、映画などの影響を作品に取り込んでいきます。その結果、それまでのコミックにはなかった全く独自の作風を「発明」しました。
大胆な構図、サイケデリックな色づかい、実際の写真を用いたコラージュ、デザイン重視のレタリングは、今見ても古びることがなく、見た者に鮮烈な印象を与えます。この斬新な表現の数々は、アーティストだけでなく、アラン・ムーアをはじめとした多くのライターにも影響を与えました。アメコミファンならば読んでおきたい、まさにコミック史に輝く作品の一つだと言えるでしょう。

文・石井誠(ライター)